普通に生活するには、視えても得はないのに……いや得どころか良いことなど一つもないのに。
それに視えている人間は人前では本当のことを言わないと思う。それはなぜか。
それまで友好的に築いてきた繋がりが終わりを告げ、告白した後に変な関係になりたくないし、気まずい空気にはしたくないから。
それが、それまでの生活や友達関係を特に守りたいと思っている人なら、なおさらその想いは強くなるだろう。
俺には……そんな事たぶんできないと思う。
それが良い事なのかどうなのか結構な頻度《ひんど》で考えるけど、結局の所、その自問に対する答えは今まで出なかった。
これから先も、出ないかもしれないと俺は思っている。もしかしたら出なくてもいいのかもしれない。だから俺は人との繋がりをなるべくは絶ってきた。話しかけられたりすれば返す事はするし、何かを誰かと一緒にやらなくてはいけない事などは断ることは無いけど、それ以上は踏み込まない。踏み込ませないという体を取り続けている。
下手に仲良くなって詮索されたくないし、俺はあまり他人《ひと》に興味がわかない。その成果はもちろん学校生活に影響を及ぼし、友達と言えるようなクラスメイトはできたことが無い。いつも顔見知り以上知り合い未満。
そのまま大人になっていく。それでいいと思っている。
いつか、この考えの変わる日が来るのかは分からないけど、俺は俺のままでいられればいい。
たとえ、人でないモノが視《み》えるこの世界の中でも、俺は俺のままがいい。 このまま一人でも構わないと思っていたんだ。あの時、あの場所までは――。
『こんにちはシンジ君』
色白で卵型の可愛い顔をした女の子が話し掛けてくる。年齢的には高校二年生の俺と変わらないくらいだ。彼女は俺を目の前にして、腰を下ろした。
現在、学校の授業の真っ最中である。『今日は晴れて気持ちいいよね』
彼女は普通に話し掛けているが、状況は普通じゃない。俺は窓際の席にいて、その窓のほうに顔を向けている。つまり、彼女が俺の正面にいるということは、窓の外から話し掛けてきている状態なのだ。
ちなみに、ここは三階建て校舎の二階。梯子でも使わなければ俺の正面にいるなんてできない。 そして俺は|睡魔《すいま》に負けて眠ってしまい、夢を見ているというわけでもない。『ねえ、無視しないでよぉ。ねえってば!!』
「…………」
俺はというともちろんそんな声などガン無視である。
なにより授業中だし、周りに彼女は視えてないし、独り言をしゃべる変な奴と思われたくはない。
まあ、もうすでに、俺を暗くオタクくさいやつという周りの思い込みが|蔓延《まんえん》していることは知っている。他人と極力関わらないようにはしているが、俺は決してオタクではない……と思っている。
俺、藤堂真司はただ霊が視えているだけの学生である。もちろん周りにそんな事言ってはいない。言える訳もない。どうしてそんな事を説明するのかというとそう、先ほどから俺に声を掛けているのは、みんなには視えていないだろう幽霊の女の子なのだ。今はふわふわと目の前を漂っている。
「はぁ~」
隣や周りに聞こえないようにため息をひとつ。
それから一応周りを見回して確認し、念には念を入れて近くには聞こえないように気を遣いながら小声で応答する。まぁいい加減にウザいのだ。
「何か用か?」
『用ってことはないけど……』 ぶっきらぼうな口調に対して彼女は口を少し尖らせる。「なら邪魔するなよ、授業中なんだから」
『冷た! シンジ君冷たくない?』そう言いながら彼女は両手を自分の頬に当てながら綺麗な瞳を俺に向けた。
――しんじらんなぁ~い! みたいな顔するな! つか、やっぱりおまえ幽霊だけどかわいいんだよ、ちきしょぉう!!
『あら、私だってJKなんですけど』
確かに、この辺りでは知らない奴がいない、有名な進学校の制服を着ながらフワフワ浮いている。
この子の名前は日比野カレン。 出会いは唐突で衝撃的だったが、彼女からある頼まれ事をされ解決した。その後、お礼をしたいだとか言って、ずっとそばについてきているのだ。『ほらほら、じぇーけーですよぉ。じょしこうせいですよぉ』
目の前でひらひらふわふわする
制服のスカートが揺れる。そう見えそうで見えないギリギリのラインで。「やめろってば!!」
俺は叫ぶと、ガタッと机をならして勢いよく立ち上がった。
もちろん周りは静まりかえって俺に注目する。 そして――もちろん今は授業中である。「なんだ藤堂、寝てたのか? それとも俺の授業がつまらないとか。まさか……クラス崩壊でもさせようとしてんのか?」
先生の言葉を皮切りに、クラス内はざわつき始める。「あ、すいません。ほ、ほんとになんもないです。すいません」
勿論席に座る前には周りと先生にペコペコと頭を下げて謝るしかない。 周りの女子からヒソヒソと話をする声が聞こえる。まぁ、良いことを話してないのは分かる。男子からもバカなの? とか、やるな藤堂とか声が上がる。 先生がそれらをうまく鎮めて再び授業に戻り、黒板に書き出しを始める。 俺は冷や汗を背中に流しながら椅子に座る。『ごめぇ~んネ』
ペロッと舌を出し、胸元で手を合わせて謝るカレン。そしてふわふわ。 もちろん周りには視えていない。「はぁ~~」
大きなため息をひとつつく。まだ女子のヒソヒソ話が聞こえてくる。けっこうな地獄的状況だ。――あぁ~なんなんだよちくしょう可愛いなおまえ!! なんで幽霊なんだよ!!
俺は机に向かって思いっきり顔を押しつけ、周りには聞こえない心の叫びをあげるのだった。 俺は、生まれてから声を出して言葉を話し始める頃には[変なもの]が視《み》えていたらしい。 らしいというのはもちろんそんな事など覚えていないからである。家族が話す内容によれば、誰もいないところに話しかけていたり、そこにもう一人いるかのような遊び方をしていたりしていたと聞いた事が何度もある。 最初に思い出せる記憶の中では、人じゃないモノと一緒に暮らしていたことが俺には当たり前だったし、それが亡くなっているお祖母ちゃんだと分かるのに時間は掛からなかった。小学一年生になるくらいの頃に母親が重い病気にかかり、家族みんなと一生懸命の闘病の末に母さんは亡くなった。
亡くなる直前の言葉を今でもしっかりと覚えているし、何よりも嬉しかったのだ。「あなたのその眼には多分、私たちの知らない、見えないモノが映っているんでしょ? それは他の人には理解できない能力。でもね真司、あなたならその能力を人に役立てられると信じています。今まで真司の事分かってあげられなくてごめんね」
その言葉が母さんと話をした最後になる。 母さんはその一週間後に亡くなった。そして亡くなった後の母さんにも会った。言葉は交わせなかったけど母さんは優しく笑っていて、父さんをジッと見つめ、薄くなって消えていった。 それからは会っていない。母さんが亡くなって以降、俺は自分の能力について誰にも言わなくなった。いや、言えなかった。父さんは夜遅くまで仕事して帰るようになり、俺は父方の祖父母に預けられながら育ったが、そこでも幽霊が視えることについて黙っていることにした。
そうはいっても、視えているモノが急に視えなくなるわけでもなく、幽霊の絡んだ恐怖体験など色々な事が起きる。幼い俺はどうしていいか分からずに、泣きながら布団で寝ることが当たり前の毎日になった。口数が減っていったのもこの頃からだろうか……。それからまた数年が経ち、俺も小学生高学年になっていたある日、父が大人の女性と小さな女の子を家に連れて来た。
今日から真司の新しいお母さんと義妹になる。父さんの口からそう告げられる。
家族となって一緒に暮らす人が増え、祖父母のところで過ごすことがなくなる。それ自体は別に、俺にはどうでも良かった。家族となった小さな女の子は、自分の周りをついて回るようになった。 その子の名前は伊織《いおり》。小さい声ながらも答えてくれた。俺とは歳が二つ違いだ。中学一年生の頃からあまり外出はせずに、部屋の中で過ごすことが多くなっていった。俺が高校を受験する歳になっても、他人と極力関わらないようにしようとする考えは変わらなかった。
決して完全なる引きこもりという訳ではなく、家族とも外出はするし必要なら一人でも出かけていくことはある。できる限り出ないようにしていただけ、要するに外に出て余計なモノを見てしまうことが嫌だっただけなのだ。閉鎖的な俺を、義母は温かい目で接してくれた。外出などを決して無理強いしようとせず、かといってやらなければいけないこと、特に学校や行事なんかには必ず出席するように促された。
義妹は相変わらず、俺の周りをチョコチョコとついて回っていた。こんこん
「お義兄ちゃんいる?」 こんこんこん 「お義兄ちゃん?」夏の暑い日差しに外の空気が蒸され始める前のある日、気付けば部屋のドアが叩かれている。ドアの外から、伊織が俺を呼んでいるようだ。
ベッドで横になりマンガを読んでいた俺は、暑さで気だるくなっている体を起こし、ドアに向かいゆっくりと開く。
目の前にいたのか、ビクッと体を震わせて少し後ろに下がる伊織。「おう伊織、どうした?」
今年中学生になった伊織はなかなかに成績優秀らしく、なおかつ運動神経も良いみたいでクラブ活動からいろいろと誘いがあるらしい。それでもどこにも所属することはなくすべて断っているらしい。
らしいばかりの表現になっているのは、地味で目立たぬ義兄である俺とはあまり関わらないで済むように接触を避けているから、伊織のことは人から聞いた事しか知らないのだ。「えと……。お義兄ちゃん今日出かける用事あるかな?」
「……義妹よ、それを俺に聞くのは意味がないぞ。何しろ用事が出来たためしがないからな」 「それはそれで自慢にはならないと思うけど……」 顔を引きつらせながら、困り顔で顔を掻く伊織。 俺とは血が繋がらないおかげか、色白で卵型の|輪郭《りんかく》をしている顔は小さく、大きなクリっとした目が幼さを残している。「ちょっと買い物に付き合ってほしいんだけど……大丈夫かな?」
「そんなことくらいいつでも付き合うぞ、別に引きこもりなわけじゃないからな」 「良かった……」 「え? なんで?」 伊織がホッとしていることに疑問を持った俺は、頭をよぎった事が思わず言葉になって口からこぼれていた。「ふぁ? なんでって、その……別にお義兄ちゃんには関係ないというか……ごにょごにょ」
「……まぁ別に何でもないならいいんだけどな? 」その言葉を聞いた伊織が「じゃぁよろしくねっ」と言い残してパタパタと廊下を走り、玄関へ向かって行った。
俺はドアを閉めると、頭に「?」がついたまま出かける身支度を整える。とはいえ今の格好に上着を羽織るか羽織らないかくらいしか変わらないんだけど。ドアを開け、玄関まで歩いていく。伊織は既に、用意を終えていて肩に大きなショルダーバッグを下げ、こちらを向いて待っていた。
「待ったか?」
「え? いや大丈夫だよ」 「よし、じゃあ行くか」玄関のドアを開けると、太陽はもうすぐ真上に来ようとしていたようで、日差しがぎらぎらとしている。
休みの日はだいたいが家にいて、昼過ぎまでは布団に入って寝ているし、そういえばこんな風に出歩くなんていつぶりだろうかと思う。 出かけるにしても一人のことが多い俺は、誰かが隣またはすぐ後ろを付いてくることはあまりないので、なんか変な感じがしている。それが例え伊織なのだとしてもだ。「買い物って、何を買いにどこに行くんだ?」
「えっと、今日の夕飯のメニューだよ?」 「あれ? 義母さんは?」 「やっぱり! お義兄ちゃん忘れてるんだ! 今日はお義父さんとお母さんが遅くなるから二人で食べてねって、言ってたでしょ?」 う~んと考えるが、まったく覚えていない。 は~ぁっと、ためいきをつく伊織を見ながら少し苦笑いをしてしまう。ほんとにこの義妹はよくできたいい子だなぁって思う。 それに比べて俺は……。外に出て歩くということは、また見たくないモノたちの中に入っていくということ……なのだが伊織との買い物にも一緒についていってあげたい。兄としてそのくらいは一緒にいてあげたいと思っているのだ。
あまり感じのよくないモノには、極力避けるように伊織を誘導しながらてくてく歩く。
俺たち二人とすれ違う人々はもちろん、後ろを歩く伊織も、元気がなくフラフラと歩く俺のことを頼りない男の子だと思っているかもしれない。 それはそれで良かった。別に俺はどう思われても構わないといつも思っていた。 そう、俺は伊織にも[見えないモノが視える]とは言ったことがないのだ。 まぁ、言うつもりもないのだけど。 そんなことを考えていると――二人の歩く道の向こう側に、少し影が薄い、見た目は自分とそう変わらないであろう女の子がキョロキョロと辺りを見回している。
何かを探しているような、誰かを探しているようなそんな様子に見える。
なるべくそういうのには関わり合いたくはない。自分に何ができて何ができないかなんて、小さい頃から随分と経験しているからだ。 伊織と話してこの場を去ろうとした時、少しその女の子の方に視線だけを送ってしまった。 それは完全に無意識の一瞬で、自分でも見えたかどうかは分からないほどの時間。『あなた! ねぇあなた!! そこの男のコ!! 今、ずっとこっち見てたよね?』
「え?」
向かい側にいたはずの女の子が、目の前でむ~っというような感じで、頬を膨らませながら俺の顔を覗き込んでいた。線の細い茶髪の少女である。 そして、もちろん俺だけが視える[幽霊]なのだ。『私が視えたあなたに、頼みがあるのよ!』
それが日比野カレンとの出会いであり、この物語の始まり。
一通りのスキンシップが終わったであろうか、立夏と呼ばれた女の子がこちらを向いて挨拶してきた。「いらっしゃいませ。私は新島立夏と言います。七瀬ちゃんに話は聞いてます。あんなとりとめのない話の為に今日はわざわざありがとうございます。ささ、どうぞ中に入ってください」 半身だけ向きを変えて門の内側へと手を指す新島さん。その行動に一番に反応したのが立花先輩で、そのまま入って行った。「皆さんもどうぞ。遠慮なく」「あ、ありがとうございます!!」 元気よく相馬さんが返事をすると立花先輩の後を追うように進みだした。その背中を追ってカレン・伊織・俺の順で中に入って行く。「ふあぁ~……」 声に出したのは伊織。中に入ってみたのはとても立派な日本庭園ともいえるような広い庭。そしてその少し奥に日本家屋が堂々たる佇まいを見せていた。少し離れたところに蔵らしきものや小屋のようなものが有る。 この辺でもかなり大きな敷地を有するだろうことは、入ってきた門に至るまでの間に通ってきた塀の長さによって予想はしていたが、その予想を大きく上回る広さと日本らしさの見える風景に圧倒された。なのでこの空間に入った時の、伊織のため息にも似た声には共感できた。「ん?」 そんな感想を持ちつつみんなが進んでいくので、それについていく最中にちょっと気になる気配を感じた。「どうしたの? シンジ君」 俺が漏らした一言に反応したのはカレン。俺と伊織が並んで進んでいたが、その前を相馬さんとカレンが並んで歩いていた。俺の一言に反応したカレンと相馬さんが振り返る。 同時に俺と伊織もその場に立ち止まった。「どうかしたかな?」 門を閉じてから俺たちの後を付いて来ていた新島さんが、俺たちのすぐ後ろまで来て声をかけてきた。「お義兄ちゃん?」「……伊織」 俺は先ほど感じたものを伊織も感じていたのかと、伊織の方へと顔を向ける。しかし伊織は不安そうな顔をしているだけで、何かを感じた
数日後にようやく予定の組めたメンバーに、一人を混ぜた俺たちは、今回の現場となる家へと向かっていた。メンバーは――。「立花先輩の家から近いのですか?」 言いつつ立花先輩の横から顔をのぞかせる相馬さん。「学校からは歩いて十五分くらいかな?」 右手の人差し指を顎に沿えて、その質問に答える立花先輩。「皆、私は確かに年上だけど七瀬でいいよ?」「私たちは学校が違いますけどいいんですか?」 皆を見渡しながらニコッと微笑む先輩に、カレンが質問を返した。「もちろんいいよぉ~!! あんな事に巻き込んじゃったし、解決してくれた恩人じゃない!! それにちょっと距離を感じちゃうっていうか……」「私はまだ中学生ですし、お義兄ちゃんたちの学校に進学予定ですけど、やっぱり先輩は先輩なので……」「そっかぁ……伊織さんはウチに来るんだねぇ。でも来る頃には私はいないのかな?」 などという会話が、俺の前を歩く女子群からなされている。つまるところ今回招集に応じてきたのは、俺たち義兄妹とカレン、それに相馬さんと立花先輩の五人。ほかのメンバーは調べることが有るとか、家に行かなければならない用事があるとかで来れないと事前に連絡が伊織に有った。 この日は、詳しい場所などを事前にメールなどでもらっていたが、突然押し掛けることはできないのと、知り合いの人が居ない時にマズいんじゃないか? という理由で、土曜日の午後に俺たちが通っている高校の正門前で一旦集まる事にした。 最近はこうしてメンバーが集まる事が増えてきたので、そこまで緊張したりすることは無いが、制服姿ではない私服を纏った美少女と言われても問題ないくらいの女子達。その中にはやっぱり会話だけとしてでも入って行くのは難しい。いやここに大野君のような、ある意味、空気の読めないキャラが居たのであれば違いはあるのだと思うが、あいにく俺はそんなことが出来るような高等スキル持ちではない。 なので、彼女たちがお話をしながら進ん
「ところで先生」「なに?」 女子陣の話がすでに三十分を過ぎたころ、俺は視線を女子陣に向けたまま、先生に振った。「今日は先輩を連れてきたのが、本当の目的なんですか?」「あら……やっぱり、そういうところは鋭いのね」「そういうところって……」「確かに、それが目的の一つではあったけどね」 そういうと先生は両手をパンパンと二つ打ち鳴らし、注目させるようにした。「はいはい。盛り上がるのは良いけど、立花さん目的の事話さないといけないでしょ?」「あ!! そうでした!!」 椅子から立ちあがりながら、両手をクチの前に掲げてオロオロし始める先輩。ちょっとかわいいなと思ったら、なぜか響子さんと伊織から睨まれた。――何故だ!? 俺が何をした!? 心の中で動揺を隠せない俺の姿に、先生はクスッと笑うと、先輩の元へと歩いて行く。「今日、部室に立花さんを連れてきたのは理由があります。あなたたちにお礼がしたかったという事が一点、そして――」「相談したいことが有ってきました」 先生の言葉を継いだ先輩が大きく頷いてからその言葉を口にした。 再びみんなで輪になるように座り、先輩が話し始めるのを待つ。「相談したいことというのは、私の近所の家に住む友達の事なんだけど、そのお家って結構古くからある家らしくて、先祖伝来っていうの? そういう類の品がいっぱいあるんだって。それで、いつの事だったかはちょっと覚えていないらしいんだけど、物置を掃除したんだって。ほら今って断捨離っていうの? 流行ってるじゃない。それで必要の無いモノは処分しようと思ったんだって」 そこまでいっぺんに話すと、先輩は一息入れた。「それで、その処分をし始めて結構すっきりした後に、その部屋を新しくリフォームして普通に過ごせるようにしたらしいんだけど、どうもそのころから変な夢やら、出来事が起きるようになったみたいで、毎日よく眠れないって話してくれたん
時の流れは止めることが出来ない。人の流れも止める事は出来ない。そこで起きた事も生まれた命も、失ったことも全ては記憶からなくなっていく。記録にすら残される事の無い営みの中には、決して忘れることのできない者たちが存在する。 それは形があるモノ。無いモノそれぞれで。想いの大きさ、深さは宿ったものにしか分からない。だからこそ、そのもの達はまた世に出ることを願う。時が経っても想いを捨てることが出来ずに。 さて、我らが心霊研究部が発足してすでに二週間ではあるが、特にこれと言ってどこかに行って問題を解決したりなどという事もなく、いたって平和な毎日を送っていた。作ったは良いが、どのようにして運用していくのかなど、全く構想していなかった相馬さんがすごいのか、そんな部活を承認した学校が凄いのか分からないが、とにかく何かに手を出すこともなく、何となく皆が来ることのできる時間に集る場所になりつつあった。 部室には一応の設備として、デスクトップ型のパソコンが一台とノート型のパソコンが一台用意してもらっていた。これは前回の事件において、顧問になった平先生が元々所属していた部活から――少しばかり強引ではあったが――譲り受けた形になっているので問題がないデスクトップ型と、先輩を助けたお礼として、先輩のご両親から提供してもらったノートパソコンなのだが、お礼の先が大野君となっていることに納得がいかない伊織は、ノートパソコンには一切近づかないという何とも不思議な使用法をされている。 現在は相馬さんがノートパソコンで何かを検索していてその隣に日暮さんが座っており、伊織がデスクトップ型の前で何やら動画を見ている横で響子さんと理央さんがその画面をのぞき込んでいた。 カレンは本日、歌番組の収録があるという事で不参加。大野君は男友達とどこかへ行くという事で不参加と連絡を貰っていた。大野君の事に関しては伊織の機嫌が悪くなるので来なくて正解だと思う。――伊織がここまで怒るってなかなかないんだよな。何が気に入らないのかまるで分らないのが更に怖い。 と、そんな部室内の様子を見ながら考えていた。
『やっぱり来ちゃったか……』「ひっ!!」 画面の向こうからは、先ほどと同じ声で同じ姿があった。その声と姿を見た先生は短く悲鳴を上げたが、逃げ出そうとはしなかった。「よう。そろそろいいだろ?」『……君達には関わりたくないわね。はぁ……しょうがないか……。でもこれで終わりじゃないわよ?』 画面の向こう側で笑っているような顔が想像できた。「わかってるさ。完全には追えないことくらい」『そう。じゃぁ……ここにはもう来ないであげる』 その言葉を最後に、画面に映った物は消えて、白い背景だけが残った。俺はため息を一つついてパソコンの電源を落とす操作に入る。「と、藤堂君……どうなったの?」「ヤツは、世界中のどこかの回線へと逃げました。もう……当分ここには来ないでしょう」「じゃぁやっぱり……」「えぇ。このパソコンが一番念を貯めこんでいた。先輩はソレを開放してしまったんでしょうね……」 そんな話をしているとパソコンの電源が落ちて、部屋の中は夕日が沈みゆくオレンジ色に染まっていた。 このパソコンはこの学校で、数十年前に電子通信部という部活が出来てから導入されたらしい。その部活は既に廃部になっていて、この部屋はパソコンを使う授業などに使われて久しいという。その当時からパソコンに触れていた人たちの負の念が溜まりにたまっていた。そこにこの事件にかかわる事になった先輩が何かの拍子に開放してしまったのだろう。先輩の弱さに付け込まれ利用されたというべきか。だから最後にはこのパソコンに戻ってくると思っていた。 俺は、この最後をするために残っていたわけだが、さすが何が起こるか分からないところに、皆を巻き込むわけにはいかないと、先に帰ってもらったわけだけど。「さすがね」「え?
「あいつは完全に消えちゃいないってこと。どこかで時が来るのを待っているはず。またこういう事が起こったその時は、また動き出すんじゃないかな……」「え? でもさっき千夜が連れてったんじゃ……」 カレンの声が尻すぼみになって消えていく。俺は伊織の方へ顔を向けた。「伊織は気づいたか? アイツの存在が薄くなったのを」「はい……でも完全には消えませんでした……」「つまりはそういう事。アイツは俺たち人間が心を持っている限り、完全に消したりはできないんだと思う。今回は少しやりすぎたから千夜の、死神にも目を付けられたけどね」 部屋の中に沈黙が下りた。「とはいえ……俺たちにできる事なんてあんまりないんだけどね。せいぜいがあんまり人を恨んだり、ねたんだりしない事、そのことをこうして書き込んだりしない事くらいかな?」 俺は努めて明るい声を出して、部屋の空気を変えようとした。「それが難しんでしょ……」 カレンの言葉で更に暗くなる部室内。 ちょうどそこへ、出しっぱなしにしていた俺のケータイに着信が入る。表示は平先生となっていた。 俺は再びスピーカーモードにして着信に出る。「はい。どうしました? 何かありましたか?」『あ、藤堂君? 近くにまだみんないるかな?』 向こう側から聞こえてきた声は先ほどとは違い落ち着いていた。すでに先輩宅から離れ始めたのかもしれない。「えぇ。まだみんな部室にいますけど……」『えぇと……言い忘れていたんだけど』「なんですか?」『私、あなたたちの顧問になることにしたから……よろしくね』「「「「「「「やったぁ~!!」」」」」」」 それまで静かだった部室が一気に華やいだ瞬間。